【劇団ひとり】名前の由来は何?学歴や経歴・売れたきっかけも調査!

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芸能生活30周年!最初はお笑いからデビューをして、現在では役者・作家・脚本・映画監督など幅広い才能を発揮する劇団ひとりさん。もしかしたら、元々お笑いだったことも知らない人も多いかもしれません。

そんな劇団ひとりさんですが、こんなこと思いませんか?

「劇団ひとり」って変わった名前だけど、名前の由来ってなんだろう?

頭が良くてキレもある。きっといい学校を卒業していそう!

何がきっかけで売れて、今のようになっているのかな?

こんな変わった名前、今となってはすごくいいと思いますが、全く知らない人が聞いても、そもそも名前と認識できませんからね…

また、これだけ多才な劇団ひとりさんなので、どんな中学・高校に行ったのか。大学はどこを卒業しているのか。気になりますよね!

当記事ではこれらの疑問を解決していきます。

劇団ひとりさんの経歴や今までの活動を知ることで、より凄さを感じれるかもしれません!

目次

劇団ひとりのプロフィール

劇団ひとりプロフィール

本名:川島 省吾(かわしま しょうご)

生年月日:1977年2月2日

出身:千葉県千葉市花見川区

両親:父親パイロット・母親客室乗務員

兄弟:兄と妹

血液型:A型

身長:175cm

所属:太田プロダクション

活動:マルチタレント

妻:大沢 あかね

子供:2人

劇団ひとりさんは、お笑い芸人になってから、初めは「スープレックス」というコンビで活動していました。しかし、2000年に解散。そこからピンでの活動をしていきます。

活動はマルチタレントと書かせていただきましたが、経歴の章で今まで行ってきた活動の内容を詳細に書いていきます。

劇団ひとりの芸名の由来は?

劇団ひとり

変わった芸名ですよね!コンビからピンで活動していくことを決意した時に、改めて芸名を決めようと思ったようです。

この名前は誰が考えたのでしょうか?そしてどのようにしてこの名前が付いたのでしょうか!?

実は、この名前に行き着くまでに、色々と候補がありました。まずはネットで公募して芸名を決めようしていたのです。その中で最初に選んだ名前が…

カツカレー

ただ、この名前は事務所側から却下されたそうです。

「劇団ひとり」という芸名の印象が強すぎるせいか、全然イメージと違いますよね!

その後も

波打際立夫(なみうちぎわたちお)

炉端出二郎(ろばたでにろう)
ちなみにこれはロバート・デ・ニーロが好きだからという理由

これらの名前が候補に上がったらしいのですが、こちらも却下されました。最終的にご自身で「劇団ひとり」という名前を付けました。

なぜこの名前を付けたのかまでは書いている情報はありませんでしたが、ここまで行き着くまでには色々な候補がある中で、最終的に許可を出した事務所、本当に色々な芸能人を育てているだけあって的確な名前選びですよね!

最初に聞く時には芸人っぽく感じませんが、本人のキャラクターともマッチしていますし、今となっては脚本や映画監督など、名前にあった活動をされています。

劇団ひとりの学歴|小学校・中学校・高校・大学

小学校

千葉市立上の台小学校

小学2年生から5年生の3年間はパイロットである父親の仕事の関係で、アラスカに住んでいました。その際は「アラスカ州アンカレッジロージャス・パーク小学校」に通っていたそうです。劇団ひとりさんは帰国子女だったんですね!

日本に帰って小学5年生から千葉市立上の台小学校に通い、そのまま卒業しました。

ちなみに、アラスカに住んでいた時は、フィギュアスケートのトリノ五輪日本代表・村主章枝さんが近所に住んでいて、交流もあったそうです。なんと村主さんの父親もパイロットだとか!

中学校

千葉市立幕張本郷中学校

劇団ひとりさんは受験生でした。私立中学校・市川中学校という進学校に進もうとしましたが、受験に落ちてしまい、地元の中学に通いました。

父親もパイロット・母親も客室乗務員という優秀な家系なので、進学校を目指していたのだと思いますが、受験に失敗してしまったようですねしてしまったようですね。

高校

千葉県立京葉工業高校(1年弱で中退)
→千葉県立船橋高校(定時制)

中学校を卒業した後、千葉県立京葉工業高校に入りましたが、1年も経たない間に辞めてしまっています。理由は芸能活動をしたいから。

実は高校1年生のタイミングで「天才・たけしの元気が出るテレビ」にバーテックスというコンビで出場しており、それがきっかけで今いる太田プロダクションに所属することになりました。

つまり、事務所に所属する兼ね合いで高校を中退したのだと思われます。

しかしその後、芸人でも高校は出ておいたほうがいいという理由で、定時制の千葉県立船橋高校に入り、5年かけて卒業することになります。

中学・高校時代はヤンキーをしていたという劇団ひとりさんですが、根は真面目だったことがわかりますよね!

つまり、エリート家族の元に生まれましたが、学業での成績は特別良かったわけではなかったということになりますね!学業での成績はあまり良くなくても、芸能事務所からオファーを受けている事を考えると、その時から芸人としての才能は発揮し始めていた事がわかります!

大学

定時制高校を卒業してからは、そのまま芸能界で活躍をしており、大学には行っていないようです。

劇団ひとりの経歴と売れたきっかけ

劇団ひとりさんが、いつ芸能界に入り、なにがきっかけでここまで売れたのかを調査してみました。

1992年(高校1年生)に「天才・たけしの元気が出るテレビ」の中の1コーナー「お笑い甲子園」に出場。「バーテックス」というコンビで出場

1992年(高校1年生)
「天才・たけしの元気が出るテレビ」の中の1コーナー「お笑い甲子園」に出場

当時は「バーテックス」というコンビを組んで出場したそうです。これがきっかけで太田プロダクションに所属することになります。このきっかけがなければ、そもそも芸能界に入っていなかった可能性すらありますね。

1994年〜
「バーテックス」というコンビで活動

「バーテックス」時代はあまり上手くいっていなかったのか、その後2000年で解散することになります。

2000年〜
「劇団ひとり」として活動を始める

第一章にも書いたように、ピンで活動をする際に、名前の候補は色々あったようですが、結果として劇団ひとりとしての活動が始まります。ピンで活動し始めてからすぐに「新しい波8」という番組にレギュラー出演しており、これが売れる一つのきっかけになったとご本人も回答されています。

2002年〜
「本能のハイキック!」で初めて泣き芸を披露!

劇団ひとりさんの泣き芸は、ブレイクの大きな要因です。この泣き芸をしてから、色々な番組に呼ばれるようになったという事も言われていました!それからバラエティ番組での出演も増えて、ドラマなどにも出るようになります。

2005年〜
「電車男」で役者としての才能を開花

「電車男 もう一つの最終回スペシャル」でほぼ主演級の役を演じ、役者として世間的にも名を広げました。今までもドラマ出演はしていましたが、役者としての劇団ひとりが知れ渡ったのは、このドラマがきっかけだと思われます。この2年後の2007年には、映画の新人俳優に贈られる「エランドール賞」も受賞されています。ここから、マルチな才能を活かし、ドラマ以外の活動もし始めていきます。

2006年〜
小説『陰日向に咲く』を出版して映画化もされるなど大ヒット!

これを気に、作家としての活動も開始していきます。作家としての活動では、その後「青天の霹靂」「幸福論と。」「浅草ルンタッタ」を執筆しています。作家としての活躍は、小説だけに留まらず、その後エッセイ・絵本・漫画なども手掛けています。

2014年〜
自身の作品『青天の霹靂』が映画化され、脚本・監督・キャストを務める

ここまで来ると、その才能は遺憾なく発揮され、ご自身で書いた小説の映画化に伴い、監督もします。この監督作品でTAMA映画賞の最優秀新進監督賞も受賞。その後、脚本・監督としても活躍しています。

これだけ見ても、多方面での活躍がわかると思います。経歴に書いてある以外にも、これらの才能を活かした仕事をされています。

お笑い芸人としての仕事
  • ラジオ
  • 番組MC
  • 単独ライブ

お笑い芸人として培ってきたトーク力を活かして、ラジオや番組MCをする姿は聞いたことや見たことがあるのではないでしょうか。その他にも、一人での単独ライブもやれらているのですが、一人でライブを盛り上げるのはなかなか出来ることではありませんよね!

役者関係の仕事
  • 音楽PVへの出演
  • 声優
  • 舞台

役者としては、映画やドラマだけでなく、音楽PVでは「東京事変」「ケツメイシ」「GOING UNDER GROUND」などのPVに出演されています。その他アニメの声優もやったり、舞台も経験されています。

作家関係の仕事
  • 作詞家
  • 週刊誌の連載

文章を書く才能もあるため、作詞も行ったり、週刊文春や読売新聞での連載もおこなっています。

このように、本当に色々な所で活躍されているのがわかります。ここまで色々な活動をされてきていることを知っている人は少ないのではないでしょうか?

まとめ

劇団ひとりさんはこれだけマルチな才能を発揮していますが、学歴としては有名大学を出ていたわけではありませんでした。ただし、ご両親が優秀な方だったので、ただの成績では測れない才能を持っていたのかもしれません。

今やただのお笑い芸人とは呼べない程、色々な活動をされている「劇団ひとり」さん。その名前は色々あった後、ご自身で決めたことがわかりました。結果論にはなってしまいますが、本当にこの名前にされて良かったのではないかと思います。

今後もさらなる活躍を見せてくれることでしょう!

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